普通に学校に行ってて、生徒に落ち度もないのに履修単位不足で卒業できないかもしれない・・・なんていう摩訶不思議なニュースが世の中を駆け巡っている。
どうやら受験に必要な科目を重点的に授業したら、指導要綱にある必須科目が抜けてしまったらしい。
結局「ゆとり教育」で学歴偏重を止めたかったけどムリで、学校も自由競争社会に組み込まれた結果で変な形の成果主義のなか生き残るためにとった苦肉の策が裏目に出たということなのか。
でも結局は最大の犠牲者は卒業できないかも知れない生徒であり、彼らには罪はないのは確か。
自分が思うにはそれぞれの学校には役割があり
大学には大学の
高校には高校の
中学には中学の
小学校には小学校の
それぞれの段階で習うべきモノがあり人間として成長を遂げていくのが理想だと思うのだが、
今は大学があってそれ以前の学校はすべて大学につながる”道”でしかなくなってるように思う。
そのなかで大学っていう方向を向いた”道”以外のものが排除されていってもいいモンなんだろうかと考えさせられてしまう。
いまやいろんな意味での教育は「家」からも放り出され、「学校」からも放り出されてしまったら子供達は人間としての教育をどこで受けることになるんだろうと思ってしまう。
学校には学校の事情があるのはわかる。現状の一般的なものの考え方の流れでは、そうしないと学校に生徒が入ってこないことは容易に想像がつくし。
日本人の弱点として一つの価値観がすべてを覆ってしまうというのが多々あるように思う。
社会っていろんな役割を持ったものによって構成されているはずなのに、一つの輝ける存在があるとみんな(ではないかもしれないが多くが)そっちしか見なくなってしまう。
価値観が多様になってきたとは言われるけど、昔の方がいろんなモノ取り込むことが出来る柔軟性があったんではないかなと思う今日この頃。